
「認知症の人が相続人の一人になった場合、どうすればいいんだろう、、、?」
「スムーズに相続手続きを進めるために、今から対策できることはないかな、、、?」
物の売買、銀行預金の引き出し、誰かに手続きを委任すること、そして相続手続き…
この世のありとあらゆる契約や手続きは、当事者に「意思・判断能力」が備わっていなければ、有効に成立しません。
そしてこの「意思・判断能力」が低下もしくは喪失してしまう病気が認知症です。
認知症、つまり、自分で考え判断する能力を喪失した状態の人が相続人の一人として財産を相続することは、相続手続きに極めて深刻な影響を与えます。
遺産分割協議や相続放棄といった法的行為できないばかりか、家族による代筆・代理行為も認めれれないため、相続手続きを放置するか、成年後見制度を利用して強行するかの二者択一になってしまうのです。
この記事では、そんな恐ろしい認知症と相続の関係を徹底解説!
1章で認知症と相続手続きの関係を把握したのち、
①相続がまだ発生しておらず、これから相続を迎えるにあたっての対策が必要な方は2章を、
②すでに認証の方が財産を相続してしまっており、対処療法が必要な方は3章を、
それぞれお読みください。
この記事をお読みのあなたが、認知症と相続手続きの問題について、ベストな解決を見ることを願っています。
1章 認知症と相続手続きの関係
財産を相続した相続人の内の一人に、認知症を患った方がいるとどうなるか、次の5つの視点から見てみましょう。
1-1 認知症の人は、遺産分割協議に参加できない
割合に基づいて定められる相続分に基づいて、具体的に、「誰が・どの財産を取得するか」を決めるのが遺産分割協議です。
遺産分割協議も重要な法律行為の一つなので、認知症が進行している人を当事者として遺産分割協議に参加させ、遺産相続方法を決めることは許されません。
1-2 子どもなどが勝手に署名押印すると犯罪になることも!
本人ができないなら、「子どもなどの他の相続人や親族が代わりに署名押印をしたり代わりに遺産分割協議を進めたりする方法は可能か?」と考えるかもしれません。
しかし、代理権のない人が勝手に本人の署名押印をしてはいけません。そのようなことをしても無効ですし、「私文書偽造罪」も成立してしまう可能性もあります(刑法159条1項)。
1-3 親族でも勝手に代理で遺産分割協議を進めることは許されない
また親族であっても勝手に本人の代理で遺産分割協議を進めることは不可能です。代理権を与えられていないので、代わりに遺産分割を進める根拠や権限がないからです。
1-4 認知症になった相続人を外して遺産分割協議をしても無効
それであれば、認知症になった相続人を外して他の人だけで遺産分割協議をできないか?と考えるかもしれませんが、それも不可能です。遺産分割協議は、法定相続人が全員参加しなければならないからです。認知症になっても相続権を失うわけではないので、外して遺産分割協議を進めても無効になります。
1-5 相続放棄すらできない
認知症の相続人がいる限り遺産分割協議を進められないのであれば、最終手段として本人に「相続放棄」させる方法が考えられます。
しかし、認知症が進行して意思能力が失われている方の場合には、相続放棄すらできません。相続放棄も一種の法律行為であり、認知症で意思能力が失われている状態では本人がその内容をきちんと理解しているとは考えられないからです。
以上のように、認知症の相続人が混じっている場合、遺産分割協議も進めることができず、かといって本人を外すこともできず、遺産相続手続きがまったく進まない状態に陥ってしまいます。
2章 これから相続を迎えるに当たって打つべき手
相続人に重度の認知症の方がいる状態で相続が発生してしまったら、相続人たちは大変困った事態に陥ってしまいます。そのようなことにならないためには、被相続人の「生前に対策」をとっておくことを強くおすすめします。具体的には「遺言」が有効です。
以下では遺言を使った認知症対策方法を複数ご紹介します。
2-1 遺言書により、認知症の人以外の相続人へと遺産を相続させる
1つめの方法は、遺言書によって「認知症の相続人以外の人に遺産を相続させる」ものです。
遺言書を作成すると、遺産の受取人を被相続人が自由に指定できます。このとき、認知症の相続人を外してすべての遺産相続方法を指定しておけば、死後に相続人たちが遺産分割協議をする必要がなくなります。認知症の相続人がいてもスムーズに相続を進められるでしょう。
ポイントになるのは「認知症の相続人を省く」ことです。もしも認知症の相続人に相続させると、認知症の相続人が不動産の登記などの申請をする際に、自分でできないので問題が発生します。結局「成年後見人」などの選任が必要になり面倒な上、費用も発生してデメリットが大きくなります。
はじめから認知症の相続人がいることがわかっているのなら、認知症の人を外して遺産を相続させるのが賢いやり方です。
2-2 遺言書で遺言執行者を指定する
父が亡くなって認知症の母が相続人になるケースなどでは、認知症の母親にも自宅などの不動産を相続させたいニーズがあるものです。遺言書により、認知症の母親にも遺産を相続させることはできないのでしょうか?
実は遺言書を使うと認知症の人に相続させること可能となります。「遺言執行者」を指定すれば良いのです。遺言執行者とは、遺言に書かれている内容を実現する役割を負う人です。相続人として指定された人の代わりに不動産の名義を書き換えたり預貯金の払い戻しを行って本人に渡したりします。
遺言執行者さえ選任しておけば、認知症の本人に意思能力がなく自分で遺産相続の手続きができない場合であっても、遺言執行者が代わりに名義変更等の相続手続きを行うことが可能となります。
遺言執行者は遺言によって指定できますし、相続人のうち一人を遺言執行者に指定することも可能です。ただし認知症の人を遺言執行者に指定すると、認知症である故に遺言執行も困難となるので、必ず別の人を指定しましょう。
たとえば父親が被相続人、相続人として認知症の母親と子どもたちがいる場合には、子どもたちのうち一人を遺言執行者に選任しておくとスムーズに進むケースが多いでしょう。
2-3 遺言書を作成するときの注意点
遺言書によって認知症対策をするときには、以下のような点に注意してください。
公正証書遺言を利用する
遺言書を作成するときには、必ず「公正証書遺言」を利用しましょう。公正証書遺言とは、公証人が公文書として作成してくれる遺言書です。公文書なので非常に信用性が高く、作成時には本人確認もしっかり行われるので「偽造」などの問題が発生しにくくなっています。また原本が公証人役場で保管されるので、書き加えや隠蔽などのトラブルも起こりません。
被相続人の死後に確実に遺言内容を実現するには、公正証書遺言が最も適切です。公正証書遺言を作成したいときには、お近くの公証役場に申し込みをして2名の証人を用意し、公証役場で遺言書への署名押印の手続きをします。証人を用意できない場合、公証役場から紹介してもらうことも可能です。
元気なうちに遺言書を作成しておくのが良いですが、被相続人が寝たきりの状態であっても公証人に出張してきてもらって遺言書を作成することも可能なので、早めに申し込みをしましょう。
すべての遺産の相続方法を指定する
遺言書によって遺産の相続方法を指定するとき、「漏れなくすべての遺産相続方法を指定する」ことが重要です。
たとえば「○○の不動産は妻に、××の預貯金は長男に」などと個別に指定していても良いのですが、それで「漏れ」が発生してしまうと、遺言によって指定されなかった遺産については「遺産分割協議」が必要になってしまいます。すると認知症の相続人がいる限りその遺産を分けられないため、放置するか後見人を選任するしかなくなります。
せっかく遺言書によって認知症の相続人がいることによるトラブルを回避しようとしてもそれでは意味がありません。
遺言書によって相続方法を指定するときには、漏れのないようにすることが重要なのです。たとえば、以下のように規定しておくと確実です。
「○○の不動産は妻、××の預貯金は長男、△△の株式は次男、その他の遺産はすべて長男に相続させる」
「その他の遺産はすべて~」の部分を追加することで、「指定されていない遺産」が生じなくなってトラブルを防止できます。
3章 相続してしまった場合の対処方法
認知症の相続人がいる場合において、生前に遺言書を作成せずに相続してしまった場合には、どのように対処すればよいのでしょうか?
3-1 法定相続
1つ目の方法は、法定相続です。法定相続とは、民法が定める原則的な相続方法です。現金や預貯金はすべて法定相続分通りに分け、不動産は法定相続分に応じた共有状態になります。
ただし共有状態では、不動産を活用することが困難です。共有者全員の合意がないと、抵当権を設定したり増改築を行ったり売却、建物の取り壊しなどの処分がまったくできないからです。認知症の人が共有持分を持っている限り、有効な合意をとれないので不動産を放置するしかなくなります。
3-2 成年後見
2つめの方法は、後見制度の利用です。後見制度とは、家庭裁判所に申し立てをして「後見人」を選任してもらい、本人の代理人として財産管理を行ってもらう制度です。
本人が認知症であっても後見人が選任されたら、後見人が正当な代理権を持つ代理人として遺産分割協議を進めることができますし、不動産登記申請等も可能です。
ただし法定後見を利用すると、遺産分割協議が終わった後も本人が死亡するまで一生その後見人が本人の財産を管理します。弁護士や司法書士が選任されると、毎年安くはない報酬が発生するので将来の遺産も目減りします。また家庭裁判所の監督下で財産管理が行われることもあり、柔軟な対応は難しくなります。
このように後見にはデメリットも多いので、利用するかどうかは慎重に検討する必要があるといえるでしょう。
3-3 認知症の方が亡くなるまで放置
法定相続にも後見制度にも、それぞれ大きなデメリットがあります。それであれば、いっそのこと何もしないで認知症の相続人が亡くなるまで放置することも考えつくかもしれません。
しかし放置すると不動産が被相続人名義のままになり、預貯金なども一切払い戻しをしないので、世間的には「誰の所有物か、誰の預金か」がわからなくなって混乱が生じる可能性が高くなります。
相続人の一人が勝手に自分の持分だけを第三者に売却してトラブルになる可能性もないとはいえないので、放置はあまりよい方法ではありません。
以上のように、認知症の相続人がいるときに対策をせずに相続が起こってしまったら、どのような対処方法をとってもデメリットが大きくなります。
認知症の相続人がいる事例では、2章でご紹介したように、必ず被相続人の生前に遺言書によって対策をとっておく必要があるといえるでしょう。
4章 おわりに
相続人の中に認知症の方がいるなら、生前の対策が極めて重要です。後回しにしていると、いざ相続が起こったときに大変な事態に陥る可能性も高くなります。
生前対策としての公正証書遺言の作成の際には、司法書士がサポートいたしますし、万一死後に対処が必要となったときにも必要なアドバイスと各種サポートを行うことが可能です。
お困りの際には、是非とも一度ご相談ください。