
「生前贈与」か「相続」どちらが良いのだろう...
このように将来の相続が心配になったとき「生前贈与をした方が良いのだろうか?」と考えることがあると思います。
どちらか迷って判断がつかない時は、相続に詳しい司法書士や税理士に相談するのがベストです。
なぜなら、生前贈与と相続とでは、方法や効果、かかる税金の種類などが大きく異なるため、どういったシチュエーションや家族関係なら生前贈与が良いのかなど、正しい知識をもって複合的に判断する必要があるからです。
とはいえ、専門家への相談はハードルが高いと思いますので、本記事では生前贈与と相続の違いや、ベストな選択方法をできるだけ簡単に知ってもらえるよう説明させていただきます。
1章 生前贈与と相続の違い
生前贈与とは「生前に財産を渡すこと」、相続とは「死亡により財産を承継させること」です。
まずは、生前贈与と相続の違いを比較表で確認してみましょう。
【生前贈与と相続の比較表】
| 生前贈与 | 相続 |
方法 | 贈与契約を締結 | 何もしない |
発生する税金の種類 | 贈与税 (ただし相続開始前3年間の贈与については相続税) | 相続税 |
税制と節税効果 | 基礎控除は1人の受贈者について1年に110万円。 親子間や配偶者間の贈与では様々な控除制度がある | 基礎控除は3000万円+法定相続人数×600万円。 ケースに応じて控除制度がある |
税金の納税時期 | 贈与のあった翌年の2月1日~3月15日まで | 相続発生後10か月以内 |
特定の人に多くの財産を譲れるか | 譲れる | 譲れない |
親族以外に財産を譲れるか | 譲れる | 譲れない |
遺産分割協議の必要性 | 不要 | 必要 |
放棄できるか | できない | できる |
特別受益持ち戻しの対象について | 法定相続人に対して行われた相続開始前10年間の贈与のみ | 法定相続人への遺贈や相続分の指定は特別受益持ち戻し計算の対象になる |
上記、比較表の「相続」は遺言をしない場合の法定相続を前提としています。
遺言した場合には、特定の人に多くの財産を残したり親族以外の人に財産を残したりすることも可能です。
次に、相続と生前贈与の違いを個別に説明していきます。
1-1 方法
【生前贈与】
生前贈与は「贈与契約」なので、贈与する人と贈与を受ける人の合意で成立します。
「OOを長男にあげます。」「もらいます!お父さんありがとう。」のような口頭のやり取りでも、有効に成立します。
しかし、トラブル防止のため、「贈与契約書」を作成することがベストです。また、税申告の手続きの際に、贈与契約書の提出を求められることもあります。
【相続】
相続の場合、本人自身が何もしなくても、亡くなれば妻、子、親、兄弟などが財産(遺産)を承継する法定相続が発生します。
相続人達は法律で決められた割合で相続するか、相続割合を話し合いにより決める必要があり、このような話し合いを遺産分割協議といいます。
遺言があった場合は、法定相続より遺言が優先されることになります。
1-2 発生する税金の種類
【生前贈与】
生前贈与の場合、発生するのは「贈与税」です。ただし相続発生前3年間の贈与に対しては、相続税が課税されるので注意が必要です。また、不動産を生前贈与した場合には、不動産を譲り受けた人に不動産取得税と、不動産の名義変更の際に登録免許税がかかります。
【相続】
相続の場合には相続税が発生します。なお、不動産を相続した場合は不動産の名義変更の際に登録免許税がかかります。
なお、法定相続人が不動産を相続した場合、不動産取得税はかかりません。
1-3 税制と節税効果
【生前贈与】
生前贈与には、1人の受贈者(贈与を受ける人)について1年に110万円までの贈与税基礎控除がもうけられています。これを暦年贈与といいます。
また贈与税には、親子間や配偶者間の贈与において多くの贈与税控除制度がもうけられています。
たとえば配偶者間で居住用不動産を贈与する場合、親子間で居住用不動産購入資金や教育資金、結婚子育て資金を贈与する場合などに高額な控除が認められます。
【相続】
相続税の場合、「基礎控除」の枠が大きく認められます。
相続税の基礎控除額は、下記の式で計算します。
相続税の基礎控除額=3,000万円+600万円×法定相続人の数
それ以外にも配偶者控除や小規模な宅地等を相続した場合の特例、未成年者や障害者が相続した場合の控除制度など各ケースに応じて節税制度を利用できます。
1-4 税金の納税時期
【生前贈与】
贈与税は、贈与を受けた年の翌年の2月1日~3月15日までの間に税務署で贈与税の申告を行い、納税します。
【相続】
相続税は、相続開始から10か月以内に税務署で相続税の申告を行い、納税します。
1-5 特定の人に多くの財産を譲れるか
【生前贈与】
生前贈与の場合、選んだ相手に好きなだけ財産を譲れます。ですので、法定相続人でない孫や嫁(婿)などに財産を譲ることもできます。
【相続】
法定相続の場合には法定相続人が法定相続分通りに財産を承継するので、特定の人に多くの財産を残すことは不可能です。ただし遺言をすると特定の相続人の相続割合を増やしたり、特定財産を遺贈したりできます。
1-6 親族以外に財産を譲れるか
【生前贈与】
生前贈与の場合には、親族以外の人に財産を譲ることも可能です。知人や愛人に財産を譲ることも可能です。
【相続】
法定相続の場合には法定相続人にしか財産を残せませんが、遺言をした場合には親族以外の人に遺産を受け継がせることも可能です。
1-7 遺産分割協議の必要性
【生前贈与】
生前贈与すると、贈与された財産は「相続財産」ではなくなります。よって、生前贈与された財産については遺産分割協議の必要はありません。
【相続】
相続する場合には、法定相続割合で相続するか、法定相続人たちが遺産分割協議によって分ける必要があります。このとき相続人同士で意見が割れると相続トラブルに発展するケースも多々あります。
1-8 放棄できるか
【生前贈与】
生前贈与は贈与者と受贈者との間の契約なので、贈与者や受贈者が一方的に破棄することは不可能です。
【相続】
相続の場合には、相続したくない人は家庭裁判所への「相続放棄の申立て」により、相続しない選択をできます。
1-9 特別受益持ち戻しの対象について
特別受益とは、被相続人から生前贈与や遺贈によって特別に利益を得た相続人がいるとき、その相続分を減らすことです。特別受益者の相続分を減らすための計算を「特別受益の持ち戻し計算」と言います。
【生前贈与】
生前贈与の場合には、「相続開始前10年間」に行われた法定相続人への生前贈与が特別受益持ち戻し計算の対象になります。それ以前の贈与は持ち戻し計算の対象になりません。
【相続】
相続の場合、法定相続なら特別受益は発生しませんが、遺言書によって多くの遺贈を受けた場合には特別受益となります。
2章 【生前贈与か相続で迷っている人へ】パターン別のベストな選択方法
以下では生前贈与か相続のどちらがお勧めか、パターンごとの選択方法をご紹介します。
2-1 通常の相続よりも生前贈与がお得・推奨されるパターン
以下のようなケースでは、生前贈与を検討することをお勧めします。
親や祖父母がまだ若く、多額の財産がある
親や祖父母がまだ若く多額の財産があるなら、生前贈与を行って相続財産を減らしておくべきです。
相続財産が減ると相続税が減ったり、かからなくなったりするからです。贈与税の基礎控除(1年に110万円)を毎年繰り返し行えば、財産を徐々に減らすことができます。例えば、子供3名に毎年110万円の贈与を10年間行えば、合計3300万円の財産を減らすことができます。
贈与対象者(子どもや孫など)がたくさんいる
子どもや孫などがたくさんいる場合、それぞれに対して「1年に110万円ずつ」の贈与にかかる贈与税が無税となります。全員に繰り返し生前贈与していけば、相続財産を大きく減らして相続税を減らせます。
長男、長男の子2名、長女、長女の子2名の計6名に贈与するなら、1年で660万円、10年で6600万円の財産を減らすことができます。
特定の人に多くの財産を残したい、特定の財産を残したい
特定の人に多くの財産を残したい場合や、特定の財産を残したい場合には、その人に生前贈与を行って確実に財産を移転すると良いです。また、遺言書で特定の人に財産を残す方法もありますが、遺言書は気持ちの変化により、書き換えられる可能性があるため、確実なのは生前贈与です。
早めに財産を渡してあげたい、必要なタイミングで財産を使いたい
生前贈与は、子供や孫の現役世代が必要なタイミングで財産を渡せるというメリットがあります。
「親が亡くなって遺産を承継したときには、自分も70歳。特に有効なお金の使いみちがない。」ということも少なくありません。学費やマイホーム購入など必要なタイミングで生前贈与してあげれば、現役世代としては非常に助かります。
会社オーナーや事業主であるとき
事業承継する際には、会社株式や事業用資産の譲渡を計画的にしなければなりません。遺言と併用して、トラブルなく確実に承継させる準備を早期に始めましょう。
複数の相続人がいるので遺産分割トラブルを防止したい
子どもが複数いて仲が良くないなど、将来の遺産相続トラブルが予想されるのであれば、生前贈与を行って遺産分割協議の対象となる相続財産を減らしておくことも方法の一つです。
収益不動産を所有している
収益不動産を子どもに生前贈与すると、それ以後は子どもが賃料を収受することになるため、賃料の積み重ねで相続財産が膨らむことを防ぐことができます。
また、特定の子どもに確実に不動産を受け継がせられるメリットもあります。
2-2 生前贈与よりも通常の相続がお得・推奨されるパターン
以下のようなケースでは生前贈与より通常の相続がお勧めです。
子どもや孫、配偶者がいない
子どもや孫、配偶者がいないケースでは、ほとんどの贈与税の控除制度を利用ができないので、生前贈与すると多額の贈与税がかかってしまう可能性があるので注意が必要です。(年間110万円ずつの基礎控除を利用した暦年贈与は利用可能)
ただし、そのようなケースでは法定相続人として、兄弟姉妹(または甥姪)となる可能性が高いので、遺言の準備はしておく必要があります。
相続財産が基礎控除以内
相続財産の総額が相続税の基礎控除内におさまっている場合には、そもそも相続税が発生しないので、あえて生前贈与によって節税する必要がありません。
例えば、配偶者および子ども2名の場合、4800万円以内の相続財産であれば相続税はかかりません。
相続税の基礎控除額=3,000万円+600万円×法定相続人の数
贈与税の控除制度を利用できない
贈与税控除制度で定められている、配偶者との婚姻年数が20年未満や年齢的な要件を満たさない場合など、各種の贈与税の控除が適用されないケースがあります。
その場合に生前贈与すると多額の贈与税がかかってしまうので、安易に生前贈与するのは危険です。
死期が近い
財産を譲りたい人の死期が近い場合、急いで生前贈与しても結局は相続税が課税されるので節税対策になりません。また死期が近いタイミングで生前贈与すると、死後に相続人から「不自然ではないか」と疑われて相続トラブルの原因になる可能性もあります。
死期が近い時点での無理な生前贈与は慎重に検討しましょう。
3章 生前贈与を受けている場合の相続放棄の考え方
法定相続人になっていても、相続したくなければ相続放棄できます。
では生前贈与を受けている場合にも相続放棄できるのでしょうか?
【結論】基本的には生前贈与を受けていても相続放棄は可能です。
ただし被相続人の借金を免れる目的で、めぼしい財産をすべて先に生前贈与しておき、相続人が相続放棄して借金をチャラにしたようなケースでは「詐害行為」となります。
詐害行為とは、資力がない人がなけなしの資産を他人に譲り財産隠しをして債権者に損害を与えることです。この場合、債権者は生前贈与や売買を取り消すことが可能です。
そこで借金した被相続人がなけなしの財産を生前贈与してその後に相続人が相続放棄すると、債権者は詐害行為取消権を行使して生前贈与を取り消す可能性があります。そうすると、相続人は贈与された財産の取得を諦めるか借金も含めて相続するかを選ばねばなりません。
また生前贈与が相続開始前3年以内なら、相続放棄しても相続税がかかります。
このように、生前贈与を受けていても相続放棄できますが、生前贈与後すぐに被相続人が死亡したケースでは税金に注意が必要ですし、悪意をもって生前贈与した後、相続放棄によって借金を免れようとしているならやめておくのが賢明です。
まとめ
生前贈与と相続はまったく異なる制度であり、税金の控除枠や制度も違います。
賢く相続対策をするためには、生前贈与と相続を上手に組み合わせて進めていくことが大切です。
自分達だけではベストな選択をするのは難しい部分もありますので、迷われたらお気軽に相続や生前対策に詳しい司法書士や税理士までご相談ください。
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